くまーるブログ

あやしうこそものぐるほしけれ。

「ファスト教養」としての日本語教育

 先日、この記事を読みました。


■■ファスト映画、自己啓発オンラインサロンの人気に共通する「ファスト教養」への欲望。「古き良きコンテンツ」に勝ち目はあるか■■


 この記事(以下「ファスト教養の記事」とします)を読んで、最近思っていたことが線となって繋がりかけたので、ちょっと文にしてみようと思います。

 

 

①まず、「ファスト映画」について

 上掲のファスト教養の記事にも書かれていたのですが、「ファスト映画」なるものがあります。

 サブスクの時代に入り、大量の映画を選んで見られるようになりました。

 「『映像』を借りに行く」ということがなくなりつつあるのはもちろんのこと、映画館の公開時期に合わせて自分のスケジュールを組んだり、見たい映画が公開されている映画館にまで足を運んだりする必要がなくなりつつあります。

 そして、見たくないシーンをスキップできるようになりました。もっともこれはビデオやらDVDやらBlu-rayでも可能ではありますが…。

 「見たくないシーン」というのは、性的とか暴力的なシーンとかではなく、飽きてしまうシーンのことを指します。主人公たちがただ遊んでいるだけのシーンとか、考えているだけのシーンとか。映画にとっては「間(ま)」として大事な部分であっても、効率性の観点からすると無駄に感じてしまうのでしょう。それぐらいならそういうシーンは飛ばして見てしまえ、となります。

 そしてさらには、ストーリ上大事なところだけを「つまみ見」して、映画を見たことにすることができます。

 それによって、「たくさんの映画を見て、映画に詳しくなる」ということはできると思います。
 若い人でもそれが可能になりました。

 例えば昔だったら「100本の映画を見る」ということをしようと思ったら、時間がかかります。
 時間を短縮しようと『映像』をレンタルしようと思うととてつもなくお金がかかります。お金を稼ぐ時間がかかります。

 でも今は、定額(「低額」でもある)で見放題ですから、お金を稼ぐ時間も短縮できて、かつ「100本の映画を見る」ということを効率よく、短期間で見ることができます。そして映画についての知識はたまり、評論もできるだろうと思います。

 

 映画の話が長くなってしまいました…。

 

②「ファスト教養」について

 次に取り上げるのが、「ファスト教養」です。
 上掲の「ファスト教養の記事」でも述べられているように、

 

“ビジネスシーンにおいて「ファスト教養=役に立つ情報を効率的に得る」というのはある種のトレンドになっている”

 

というのは私も感じていました。

 本屋に行くと大抵ビジネス書のコーナーに行くのですが、

 

●成功例
●手法・やり方・身につけ方
●図解

 

についての本がよく売れている気がしました。いずれも役に立つ情報を効率的に得るものです。

 そしてオンラインサロン。サロンとまではいかなくても、オンラインのセミナーはコロナ禍をきっかけに昨年から爆発的に増えました。ビジネス関係のも目移りしすぎて、どれに出たらいいのかわからないぐらいあります。
 オンラインのセミナーも、役に立つ情報を効率的に得るものだと思います。


 さてさて。
 本当に長くなってしまいました…。

 ようやく、話を日本語教育に移せます。

 

日本語教師と「ファスト教養」

 日本語教師という仕事は本当に多岐にわたっていて、教える対象だけでも留学生、技能実習生、年少者、生活者など様々ですし、文法や教え方に関する知識が必要ですし、異文化に関する事情も理解しておく必要があります。しかも新しい方法・情報が次から次に現れます。

 こういった大量で多岐にわたる様々な知識や情報を得るのは大変なことで、日本語教師養成講座に数カ月~数年通ってようやく手に入るか入らないか、という感じです。

 そのような中、日本語教育の世界もオンラインの波は訪れます。
 2020年から、オンラインセミナーが咲き乱れています。
 以前、私のブログでも「玉石混淆」という記事を書きましたが、その言葉通りです。

おかげで、これまでとは違って、部屋に居ながらにして様々な知識や情報を得ることができるようになりました。

 日本語教育の書籍においては、

 

●成功例
●手法・やり方・身につけ方
●図解

 

のうち、「成功例」と「図解」は少ないと思います。じゃあそれを最近の書籍が埋めているのかというと、埋めているとは言えません。日本語教育では他人の授業の成功例はあまり参考にならないのか、書籍の数は少ないです。授業例も少ないかな。英語教育とかの雑誌には「こういう授業やってみました!」的なものがありますが、日本語教育では『月刊日本語』にも授業例の報告はなかったと思います。その代わり授業のアイデアについての紹介はたくさんあった気がします。

 最近の書籍が埋めない代わりに、それを埋めているのはネットの記事かな、と思っています。ブログを含め、「私の授業の成功例」的なものを公開する人が増えてきました。

 なお、「図解」については、私は書籍でも雑誌でもネットでも見ません。いわゆるスタディーハック的な図解を、日本語教育ではほとんど見ません。これは私にとっては謎であります。

 「手法・やり方・身につけ方」については、書籍ではなくYouTubeで公開する人も増えてきました。これも役に立つものからそうとは言いにくいものまでたくさんある気がします。(そんなにたくさん見ているわけではないので、YouTubeのコンテンツについては自信をもって断言できない…)

 とにかく、オンラインセミナーとブログ、YouTube等によって、今の日本語教師は知識や情報を効率よく得ることができるようになってきました。あと、忘れてはならないのはSNSです。SNSが知識や情報を効率よく得ることができるオンラインセミナーとブログへの入口になっていると思います。

 ただでさえ幅広い知識・情報を手に入れる必要があるのに、これだけ多くのオンラインセミナーとブログ、YouTube等があるわけですから、「ファスト教養化」する可能性は大いにあるな、と思うのです。

 

「ファスト教養の記事」から、この文を引用します(一部割愛、下線は筆者)。

 

「ファスト教養」が多くの人に求められる状況はこの先も進行すると思われる。芸術性といった曖昧な物差しは忌避され、様々なコンテンツが「役に立つ/立たない」の一点において仕分けされる。そして、後者のラベルが貼られたものに対する冷淡な態度が許容される。そういった中で「映画とは本来じっくり味わうべきものだ」といった「正しい」主張は、負け犬の遠吠え的なものとして処理されるだろう。

 

 ここでの「映画」を、私は勝手に「(日本語教育の)文法」に置き換えて考えてみました。なぜかと言うと、私は文法は好きで「本来じっくり味わうべきものだ」と思っているからです。
 そうなると、この考えはもしかしたら「負け犬の遠吠え的なもの」になるかもしれません。

 

 でも時代の変化として仕方のないことかもしれません。


 かなり多くの知識・情報が必要な日本語教師ですから、効率よく得ることができたほうがいいと思います。CPの面を考えても、少ないお金と短い時間で吸収したほうがリターン率は高いと思います。
 私個人としては、養成講座で高いお金をかけ、養成講座終了後もセミナーに高いお金を払うのは割に合わないと思っています。だから「ファスト教養化」の流れは仕方ないと思うと同時に、必要なものだとも思っています。

 もし日本語教育に関する知識・情報が「ファスト教養化」するならば、どんなものが必要なのか、今のうちから吟味する必要があるな、と思います。そしてそれを吟味できるだけのリテラシーが、今後も必要になってくると思います。

 

いつになく長い文になってしまいました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。